“銀河鉄道999外伝” 「プレゼント」 (星野悠理さま作)    
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 それから二人は、近くのファミリーパブに立ち寄り、ビールとジュースで乾杯した後軽い夕食を摂った。
 すっかりおなか一杯になった二人はパブを出ると、繁華街の雑踏の中をそぞろ歩いた。
「済みません、いろいろご馳走になって・・・」
 縮する鉄郎に、エメラルダスは笑って応えた。
「いいのよ、君の前途に乾杯したい気分だったんだから」
 でもねえ、「ステーキ2キロ食べ切れたらタダ」に乗っかって見事にぺろりと平らげるんだから・・・とエメラルダスが笑うのには参った。
 「けれど、おかげで貴方の分の料金まるまる浮いちゃった。なんか得した気分」
 と楽しげに話す彼女に、鉄郎は返す言葉も無かったのだった。
 道々鉄郎は呟いた。
「もしかして・・・メーテルが、牛丼屋だの、ラーメン屋だのにしか連れて行かないわけは、牛丼20杯食ったらタダだの、ラーメン10杯食ったらタダだのばかり狙って俺の分の食費を浮かそうという算段なんだ、きっと!!」
 自分が下したあまりの結論にくらくらしている鉄郎の横では、エメラルダスが目を丸くした。
「・・・・あなた、まさか、その挑戦を受けて達成していたの?今まで」
「はい」
 あっけらかんと応える鉄郎を横目で見ながら、こいつは唯もんじゃない!と冷や汗をかいているエメラルダスの姿など、鉄郎は知る由も無い。
「まあ、決してそれだけの理由ではないのでしょうけれど・・・」
 ポツリと呟くエメラルダスの言葉の意味が、鉄郎にはついに解ることはなかったが。
 鉄郎のポケットから携帯電話の着信音が小さく響いた。メーテルからだ。鉄郎は無視して夜道を歩いて行く。
 彼女のことはいつも気にかけているし、なによりも鉄郎とメーテル、互いに思い描かぬときは無いと確信できるのは、鉄郎の独りよがりではないはずだ。
 気がつけば、エメラルダスとの会話も、自然とメーテルの話題になってしまう。
 けれど、今は直接彼女と話をしたくない。ホテルで二人、散々罵り合って出てきた後で、後味の悪い思いを正直、今も少し引きずっている。
 口を開けばすぐケンカになるだろうから。
 暫くすると再び着信音。鉄郎はポケットから電話を取り出す。
 ――鉄郎、ドコニイルノ?教エナサイ!!―――
 メールに書かれたキツイ文字。彼は忌々しげに電源を切った。
「今のはメーテルからじゃないの?」
「・・・ああ・・・」
「出なくても良かったの?」
 鉄郎を気遣うエメラルダスに、笑って応える。
「いいよ。大したメールじゃなかった」
「そう。」
 何か言いたげなエメラルダスを無視して彼女の前をずんずん歩きながら、鉄郎は大きく伸びをして深呼吸した。
 いくら平地は暖かいといっても冬の夜である。
 辺りを包む空気はキンと冷たい。
 冷たい空気を肺一杯に吸い込んだら、不思議と頭が冴え冴えとしてきた。
 今なら連立二元一次不等式や微分積分の問題を連続100問くらいは一気に解けそうな気分だ。
「はああ、腹いっぱいになったし、外は賑やかだし・・エメラルダス、これから予定あるの?」
「ええ・・」
「お礼に、今度は俺がおごるよ。」
 鉄郎の申し出を、エメラルダスはやんわりと断った。
「ありがたいけれど、遠慮しとくわ。少しでもお金が要る時期でしょ?気持ちだけ有難く受け取って置くわ」
「でも、何か気の毒だなあ・・」
「・・・そう?・・・じゃあ、その代わりに、暫く付き合わない?・・それでいいでしょ?」
「OK」
 そうして二人は夜の町の雑踏の中に繰り出した。
 行き着く先は・・・・
「ジュニア専門のブティック!?」
 酷く戸惑う眼差しでエメラルダスを見つめる鉄郎の前で彼女は、いかにも少女が好みそうなフリルやリボンをゴージャスにあしらってあるドレスやブラウス、スカートにジーンズをせっせと選び始めた。
「・・・エメラルダス・・・どうして・・・」
 唖然とする鉄郎に、エメラルダスは楽しげに言ってのけた。
「ああ、うちの子に買おうと思って。あっという間に大きくなるものだから、持ってる服がすぐ入らなくなるのよ」
「へっ・・・!?う、うちの子って・・・もしかして・・・まさか・・・娘さんがいるの!?」
 おずおずと尋ねる鉄郎の瞳に、可愛いキャラクターマスコットの入ったピンクと白のトレーナーを両手に捧げ持つエメラルダスのうきうきした顔が飛び込んできた。
「ええ・・・あら、言ってなかったっけ?」
 微苦笑してあっけらかんと言うエメラルダスの言葉に鉄郎の脳天は戦士の銃で討ち抜かれた。
「むっ・・娘ええええ〜〜〜〜〜!?」
 エッ、エメラルダスに、娘・・・・
 ぜんぜん知らなかったああ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!
 うろたえて口を金魚のようにパクパクさせる鉄郎だった。
「そ、それ、ほ、ほんと!?」
「ええ。名前は「まゆ」っていうの。今年で10歳になるわ。今、訳ありで私と離れてタイタンでトチローの妹さんの元で暮らしているのよ。」
 タイタン・・以前メーテルと立ち寄った緑溢れる「楽園」・・・そこで戦士の銃をくれたおばあさんは、確かトチローさんのお母さんだった・・つまり、トチローさんの御家族は皆タイタンにお住まいだといえば、充分頷けるわけで、ということは・・・・・
「もしかして、まゆちゃんのお父さんって・・・トチローさん?」
「そうよ。」 あっけらかんと応えるエメラルダス。
「けっ、結婚してたの?」 
 かなり踏み込んだ質問だったが、エメラルダスはいいえ、と首を振ると、
「私達、宇宙を自由に旅するもの同志、結婚だの家庭生活だのの形に縛られたくないの。まあ、もとよりトチローはああいう放浪を好む人だし。まゆが生まれたことも、暫くは知らなかったわ。殆ど一人で生んで一人で育てたみたいなものね。」
 ハンガーの前でジーンズを物色する手を休めずに彼女は応える。
「そうだったんだ・・」
「まあ、ここまで奔放にやってきといたツケが、後になって出てくるかもしれないけれど。わがままよね。」
「どうかなあ・・・わからない・・けど・・精一杯やってきて、それで満足なら、良いんじゃないのかなあ・・・」
 俺、人に説教して回れるほど長く生きてないから、よく解らないけど・・・・
 そういって鉄郎は笑った。
 エメラルダスは少し考え込む素振りをする。
「後悔しない・・・か。簡単なようで一番難しい生き方よ。それが。私もまゆを手放したことを後悔するときもあるわ」
 一瞬、エメラルダスはうつろな眼差しを鉄郎に向けた。が、すぐにニッコリと笑ってみせる。
「ごめんなさい。変な話になったわね。」
「えっ・・ううん、・・・・・じゃあ、何故―――あ、いや・・・と、メ、メーテルもやっぱり結婚とかに縛られるのは嫌なんだろうか?」 
 一瞬脳裏に過ぎった疑問を打ち消すべく、慌てて話題を変えてみる。
「さあ、どうかしら?本人に直接訊いてみたらいいわ」
「・・・」
 エメラルダスは鉄郎をちらりと見やる。
「ただ、私と彼女は双子だけど、性格はま反対みたいなものだから・・・そこはきちんと形としてけじめをつけたほうがいいのかもしれないわね」
「・・そうだね・・でも、エメラルダスにお子さんがいたなんて知らなかったよ」
 感慨深く呟く鉄郎に、エメラルダスはクスリと笑い返した。
「正直、まゆが出来たときは信じられなかったわ。でも、トチローの子供は欲しかったし、トチローもまゆを可愛がってくれたし、結果オーライってとこかしら・・」
 シングルマザーもいいもんよ、と言い残し、洋服の束を山のように抱えて人ごみの向うへ消えて行った。
 そうか・・・エメラルダスとトチローさんの間に・・・そうかー・・・
 鉄郎の口から思わず大きな溜息が漏れた。
 その事実はまさに、驚天動地というか・・しかしながら、恐らく、トチローさんが亡くなるまで、二人で一生懸命愛をはぐくんで来たに違いない。鉄郎は目を閉じ、しきりにこくこくと頷いた。
 トチローさんはもういないけれど、娘さんの中に彼の遺伝子はちゃんと生き続けているわけで・・・・
 そう思うと感慨深いものがある。そしてエメラルダスは、愛するわが子の為にせっせと可愛いドレスを選んでいる・・・
 すごいじゃないか、お二人さん、と、思わず拍手を送りたい気分だった。
 けれど・・・
 ふと、我に帰りわが身を振り返ったとき、鉄郎の背中に、何故か大きな重石が乗っかってきたような気分になった。
 唇に手を触れ俯きながら、彼はつい、考え込む。
 脳裏にメーテルの顔がふと浮かんできた。
 こりゃ、メーテルもはよ何とかせんと、どんどんバスに乗り遅れていよいよ後が無い・・・どういうわけだか、つい、そんな気持になってしまった。
 なんと申しましょうか、なぜか、嫁き遅れの娘を抱える父親の気分になったのであった。
(メーテルが聞いたら目え剥いて怒りそうだ)
 ・・ちょっと待て!何考えてんだ、俺・・・・
 腕組みした片方の手を頬に当て、どこか思い詰めた顔で目を伏せながら、店の片隅をぐるぐる歩き回った。
 彼女のことは、俺が責任持つ!と宣言したじゃないか!俺がしっかりしないとダメじゃないか!
 メーテルの胸に赤ん坊抱かせてやるのは、自分の使命だ。そのためにも、必ず医者になって有機体還元装置の稼動に成功してー
「何一人でじたばたやってるの?」
「はい?」
 目の前に買い物の荷物を抱えたエメラルダスが呆れた顔して立っていた。
「次いくわよ」
 そう言うと、荷物を鉄郎の腕にドサリと押し付けてどんどん先へ歩いて行く。
「ちょ、ちょっと・・」
 いきなり押し付けられた抱えきれないほどの荷物に不平を言うと、
「あら、おごってもらったお礼をするのでは無かったの?」
「そりゃ、そうですが・・」
 するとエメラルダスは、悪戯っぽい眼差しを鉄郎に向けた。
「約束でしょ?半日私の下僕になる」
「そんな約束してませんってば!!」
 むきになって逆らう鉄郎だが、しかしエメラルダスは全く意に介さない。
「では、そこな鉄郎とやら、付いてまいれ」 
 さっさと来い、とばかりに鉄郎を急かすと優雅にしゃなりしゃなりと歩き始めた。
「女王様やってんじゃねえっ!!」
「ホ〜〜〜〜〜ッホッホッホ・・・」
 街角にこだまする下僕の悲鳴と、女王様の高笑い・・・・・

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